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ラヴィ・ティドハー『黒き微睡みの囚人』(竹書房文庫) [ミステリ]

かつてドイツで権力を振るいながらも失脚し、現在はイギリスで私立探偵として生計を立てるウルフのもとに、ある日ユダヤ人女性から失踪した妹探しの依頼が持ち込まれる。不本意ながら引き受けたウルフは、イギリス社会に入り込んだかつての部下やユダヤ人たちと接触するうちに、やがてイギリスの暗部へと足を踏み入れることに。一方、時間と場所を隔てた別の世界で、強制収容所の囚人ショーマーは夢を見ていた……
ロンドンでくすぶってるユダヤ人嫌いのドイツ人探偵の正体は、もちろん皆さんの予想のとおりヒトラーです。その他にも歴史上見覚えのある名前が、巻頭の登場人物リストからもうたくさん出てきます。ウルフ一派が一掃されて世界が平和になったかというとそんなことは全然なく、ロンドンのきな臭い雰囲気はページをめくるごとに高まってゆきますし、主人公の近辺にも不穏な影が迫ります。
というストーリーが、大変低俗な犯罪小説のスタイルで展開する一方で、まさにそんな小説を執筆していた作家ショーマーがアウシュヴィッツで夢を見ています。このものすごく毒々しくてびっくりする設定の中に当時の有名人がさらっと顔を出す楽しみもありますし、別の歴史をたどっている(はずの)世界が今後どうなってゆくのかの興味もあります。巻末にはじっさいの歴史にもとづいた「歴史注釈」と、細かなネタに関する「巻末注釈」もあり、これらも含めて一つの作品として読みたい小説になっていました。

黒き微睡みの囚人 (竹書房文庫)


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R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(ちくま文庫) [ミステリ]

弁護士のアンスティはある晩、不審な男ともみ合う女性と遭遇する。男の追跡に失敗し、女性の救護のために駆け込んだ屋敷では主人が何ものかに殺害されており……
こんなに本格ミステリみたような導入で、実際のところ殺人事件の謎解きも大変本格ミステリなんですけれども、ストーリーにはそれ以外の要素がどんどん入ってくる楽しい探偵小説です。
具体的に何が入るかというと、裏表紙のあらすじにも記載のある冒険小説だったり突然の歴史小説だったりします。殺人事件が起きて警察が頼りにならなくて名探偵が登場して解決する、というがっちりした流れではない小説と考えれば、ちょっと前の時代(※二十世紀なかばあたりまでを意識した発言)にはそんな珍しくありませんし、大騒ぎすることもなくただただおもしろい本というだけのお話でしたね。ホームズの長篇だってそんな感じですし。
とはいえ表紙はシンプルでかっこいいので、本格ミステリだと思って読み始めた人にびっくりしていただきたい気持ちもあります。上にも書いたとおり、殺人事件まわりはしっかり名探偵が頭を使う仕事をしていますので。

キャッツ・アイ (ちくま文庫)


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キム・ニューマン『モリアーティ秘録〔上・下〕』(創元推理文庫) [ミステリ]

たぶんこのブログを以前からご覧になっている方にとっては無条件におもしろいと思うんですよ。この場合の「おもしろい」は笑えるという意味です。
堂々タイトルを飾るモリアーティ教授の活動の数々を、彼の腹心の部下であったセバスチャン・モラン大佐が語る回想録です。ドイルによるシャーロック・ホームズの原作と、同時代の(世界を舞台にした)フィクションをくっつけ、悪役たちの視点から描いた連作形式となっています。
元ネタになっている作品は小説はもちろん、詩、映画、コミック、演劇までさまざまで、とても全部をカバーできるものじゃありませんが気にしなくても大丈夫です。知っているキャラが出てくればテンションが上がりますし、知らないなら知らないでヴィクトリア朝時代のわるいやつらのお話として楽しめます。
旧知の人物から下宿を紹介され、そこで同居人となる人物に出会ってアフガニスタン帰りを当てられる冒頭からもうホームズの原典そのままですし、なんなら目次に「ダーバヴィル家の犬」とある時点ですでに大笑いです。モリアーティはぜったいに近くにいたくない人物ですけれども他人事として回想録を読んでいるぶんには楽しいものですし、彼にも思い通りにならない場面というのは案外あるものです。犯罪者側から見た冒険なので、ミステリらしい事件が起きて謎解きをするとは限らず、もっとたがが外れた事件を引き起こすこともあり、何が出てくるかわからない楽しさがありました。まさかこんなところでビアンカ・カスタフィオーレの公演に立ち会えるなんて予想していませんでしたよ。

モリアーティ秘録〈上〉 (創元推理文庫) モリアーティ秘録〈下〉 (創元推理文庫)

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C・デイリー・キング『タラント氏の事件簿[完全版]』(創元推理文庫) [ミステリ]

ニューヨークのアパートメントで従僕とともに暮らす紳士トレヴィス・タラント氏は、常識では説明できない謎に興味をひかれる名探偵。古写本の呪いをめぐる怪事件をきっかけに彼と出会ったジェリー・フィランを通して語られる、タラント氏が出会った奇怪な事件の数々とは。
エラリー・クイーンおすすめの短篇集に加えて、タラント氏が登場するその他の作品四つも収録した完全版です。最初の事件から最後の事件、その後の復活篇まで、タラント氏が登場するすべての短篇が入っているので大変お得です。
博物館から消える古写本を皮切りに、現代建築に出没する幽霊、乗る者を水死させるモーターボートなど、だいぶオカルトがかった怪事件が続発します。基本的には合理的な解決が訪れるんですけれども、たまにそれだけでは説明できないような余韻が残るのが味わい深いです。このあたりは解説にあげられている別のタイトルをちょっと思い出しましたね、わたくしも。
序盤の伏線から意表を突きすぎた真相があらわれる「〈第四の拷問〉」、一族に伝わる伝説をたどるように展開する「消えた竪琴」が好みだったですが、タラントが一度表舞台から退場する「最後の取引」の衝撃がすさまじかったです。意外な幕引きで姿を消す名探偵は色々いますけれども、こんな消え方した人は今まで見たことないですよ。(その後帰ってきてからの事件もちゃんと収録されています)

タラント氏の事件簿[完全版] (創元推理文庫)


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マルク・パストル『悪女』(創元推理文庫) [ミステリ]

20世紀初頭のバルセロナで、幼い子どもが次々に行方不明になる事件が発生した。子どもをさらう「吸血鬼」の噂がささやかれる中、上層部からの圧力を受けながら捜査を続ける刑事たち。街に身を潜め、上流階級につてを持つ化け物の正体は……
この化け物がタイトルに出てくる女で、読者には犯人像は最初のほうから明かされています。彼女を取り巻く関係者やバルセロナの市井の人びと、警察関係者など、さまざまな人物の視点から展開する小説です。語り手の「私」がちょっと変わっていてですね、本人(?)曰く死に神のような存在らしいのですが、何にでもなれるしどこにでも行けるので、場面に応じて名前のない人になったり壁になったりして、登場人物たちを観察したり、ときには言葉を交わしたり、全知全能の神のように行動のヒントを与えたりします。
現役の警察官が、実話を元に綿密な調査を重ねて書いた本で、ひさびさにがっつりロマン・ノワールを読んだ気持ちになりました。途中、語り手が「次のページは気の弱い人は読み飛ばして下さい(大意)」と言い出すシーンがあるくらいの強烈な犯人像に加えて、当時のバルセロナの情景も印象的です。訳者あとがきで触れられている時代背景もあわせて味わいたい小説です。

悪女 (創元推理文庫)


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キャサリン・ライアン・ハワード『遭難信号』(創元推理文庫) [ミステリ]

ハリウッドの脚本家を目指すアダムの恋人サラが、バルセロナへの出張に出発したきり姿を消した。警察の協力がのぞめないと知ったアダムは独自に調査を開始し、やがてサラが地中海クルーズ船に乗っていたことを突き止める。真相を探るべく、千以上の客室を持つ豪華客船に乗り込んだアダムを待つものは……
まず主人公がだいぶ駄目なやつなのでびっくりしていただきたいです。その他にもどうしようもない人物がたくさん登場するので驚いていただくとして、それ以外にもびっくりするポイントがたくさんあるサスペンス小説でした。
「豪華客船で恋人が消えた」というフレーズから連想するストーリーとはだいぶ違いました。中心になるのは、恋人の行方を自分なりに調査し、同じようにクルーズで失踪した妻を探す協力者を得てみずから乗客となるアダムの視点で進みますが、ところどころにアダムとは関わりのないある青年の少年期の回想や、同じクルーズ船のスタッフとして働く中年女性の視点によるシーンが登場します。全体の半分を過ぎて、主な登場人物が問題の豪華客船に集まってからも謎はさらに深まるばかりで、ほんとうに解決するのかと不安になってきますが大丈夫です。
豪華客船での行方不明者や海洋法の問題など、現実的な記述がそこかしこに見られて説得力を増しているのもよろしかったです。でも強烈な説得力の前に膝をつくことになるのは、真相が明らかになり始めてからなんですよ。

遭難信号 (創元推理文庫)


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仁木悦子『赤い猫』(ちくま文庫) [ミステリ]

ざっくり二部構成のミステリ短篇集です。第一部では作者がたびたび登場させたシリーズものの名探偵たちが活躍するものが多く、第二部ではこれまでの短篇集には未収録だった三編が増補として拾われています。どれも独立して読めるので、これまでに仁木さんのミステリに触れたことのない人でも安心です。わたくしもこれが初めてでしたし。
どのお話でも人が死んだり誘拐されたりものがなくなったりしますから、いわゆる日常のちょっとした謎と呼ぶには重い世界なんですが、さまざまな事件が起きるのは全然劇的なところのない、どこにでもある日常の風景です(今から読む場合、ちょっと昔の日常ではあります)。電気も電話も通らず吊り橋まで落ちた嵐の山荘ですら、食料はあるしそのうち向こうも気付いて助けが来るだろみたいな居心地のいい雰囲気になるんですから驚きです。そこで繰り広げられる謎解きは、コージーミステリというにはちょっと鋭いものの地に足が着いていて、どこにでもいる隣人の話を聞いているようでした。

赤い猫 (ちくま文庫)


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レイフ・GW・ペーション『許されざる者』(創元推理文庫) [ミステリ]

国家犯罪捜査局の長官を務めていたヨハンソンは脳梗塞で倒れ、一命を取り留めたものの右半身に麻痺が残り、頭脳も思うように働かない。そんな折り、主治医からすでに時効を迎えた暴行殺人事件の真犯人についての情報を聞かされた彼は、親友や介護士らを手足として使いながら独自の捜査を開始する……
まずびっくりしたのは、北欧ミステリなのに主人公の家庭が問題を抱えていないんですよ。少なくとも今現在は。解説によると、これまで何度も事件を解決してきたシリーズキャラクターの引退後の姿だそうで、ここに至るまでにはいろいろあったのかもしれませんが、とにかく今は安泰です。
安泰でないのは主人公の健康状態で、捜査のために自分であちこち動き回ったり、好きなものを飲み食いしたり、犯人に怒りをおぼえたりするのでなかなか回復せず読者も気が抜けません。時効が成立した事件の捜査とリハビリと不摂生が交錯しながら進む警察小説です。
二十五年も前の事件の真犯人が今さら見つかるのかというミステリとしての興味に加えて、後半では時効を過ぎた事件の犯人に対してなにができるのかという問題が焦点になってきます。主人公は2010年に生きる退職済みの元警官であり、否応なしに自分がそんなに詳しくない現代社会のあれやこれやとも向き合い、周囲のもっと若い人々の手を借りながら事件と取り組むわけですが、犯人を追い詰める以上に重たくて面白かったのがこの後半部分でした。

許されざる者 (創元推理文庫)


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ヘレン・マクロイ『牧神の影』(ちくま文庫) [ミステリ]

深夜に叔父フェリックスの急死を知らされたアリスンは、翌朝訪ねてきた情報部の大佐から、叔父が陸軍のために暗号開発をしていたと聞かされる。やがて彼女は人里離れたコテージで老犬とともに暮らし始めるが、その身辺では奇妙なできごとが次々に起きて……
シリーズものの名探偵が登場しない、これ一冊で完結しているサスペンスです。ウィリング博士は助けてくれない、一人暮らしですぐに頼れる人もいない、大佐もなんだか怪しい、そんな環境で暗号に取り組む主人公の周りに出没するのがタイトルにある牧神パンの気配です。
1944年に書かれたお話で、陸軍の人が出てくるくらいですから当然戦争の影も色濃い時代背景があんですけれども、そんな現実から遠く離れたコテージ暮らしを選んだというのに近所のなまぐさい人間関係にいらいらして、そこへ牧神の影がちらつくんですよ。とても正気で入られなさそうなシチュエーションに放り込まれた主人公の五日間を、ぜひいっしょに体験してください。暗号はほんとうに解けるように作られているし解読のヒントも出ているので、その気になれば本気で取り組むことも可能なはずです。訳者あとがきには暗号の歴史解説もついています。
注意点としては、犬がかわいそうな目に遭いますのでご注意ください。

牧神の影 (ちくま文庫)


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カーター・ディクスン『九人と死で十人だ』(創元推理文庫) [ミステリ]

第二次世界大戦が始まって間もないころ、軍需品を乗せてひそかにニューヨークから英国へと出航した大型客船。危険を顧みず乗り込んだ乗客九人のうちの一人が、二日目の夜に喉を掻ききられて殺害される。現場には犯人のものと思われる指紋が残されていたが、奇妙なことに指紋は乗客や乗組員の誰とも一致せず……
この指紋にまつわるトリックは実現可能なのかわたくしはちょっとわからないんですけど、カーのトリックが力業なのはいつものことなので気にしません。そういうところだけが面白さではないので。
戦時中、しかも開戦からさほど経っていないまだ先の見えない時期という設定がとても効いています。フランスやドイツなど各国に関するきなくさい話題も出てきますし、当然スパイ説も飛び出します。と言ってもなにぶん洋上の客船という密室の中なのでサスペンスとアクションはさほどでもなく、十人目の乗客だったH・M卿の登場で本格ミステリとしての結末を迎えます。
巨大な密室と戦時下の緊迫した情勢にもかかわらず、乗客たちが右往左往するどたばたも楽しみのひとつです。カーですからね。語り手の元新聞記者の男と容疑者のひとりである女性のラブコメも、もちろん含まれています。

九人と死で十人だ (創元推理文庫)


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